ハートのあるリフォームを提案しています!

 私は建築業界に入って19年になります。その間、色々なお客様とリフォームを通じて、知り合いになりました。いろいろ勉強もさせていただき、叱咤激励も数多く頂きました。
リフォーム後、ライフスタイルが変わって喜んでいただいたお客様が多くいらっしゃいます。たとえば、夫婦のより良い関係、便利になって自分の時間ができた奥様、子供との会話が多くなった家族、年をとった時の安全な住まいなど

 
他社のリフォーム後、仕事をさせて頂くことも多いのですが、チラシ通り形になっているだけで、心が入ってないリフォームも数多く見られます、残念でなりません。あるリフォーム業者さんと話していると「お客は話し方で、どうにでもなる」言葉がすべてなのでしょうか?

 

私が思うには、リフォームはモノではありません、住まわれる方を思い施工する人達と施主様で知恵を出し合い、その結果思いが形になり、施主様に先々まで喜んで頂ける形を作ること、それがリフォームだと思っております。
 
快適に、より楽しい生活が送って頂けるために、私たちはリフォームを通じ、プラスアルファーの新しいわくわく生活を提案していきます。

(実は今でも年に数回、有難いことにお客様に叱られています。)

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代表取締役 菊井伸明
 
自己紹介
    
(出身)赤磐市 旧熊山町
  
(建築とは関係ない資格) 少林寺拳法初段 大型自動二輪免許 危険物乙種取扱者
  
(過去の趣味) 切手集め 百科事典検索 バイクツーリング 自転車 カヌー キャンプ 
      
(将来の夢) 放浪の旅
   
(座右の銘) 後悔しない楽しい人生

住宅リフォーム業を一生の仕事と決意したとき

阪神・淡路大震災

平成7年1月17日、私が防災瓦施工販売の仕事について2年目、大きな揺れで目が覚め、テレビをつけて見ると、阪神方面で大きな地震が発生したとの速報。朝が明け始めると、テレビには、神戸の街から煙が数多く上がり、高速道路、新幹線橋げた、ビル等が崩壊している映像が映されていました。 (当時は、外回りリフォーム専門店だった)

 

1月は閑散期だったので、当時の社長が神戸迄様子を見に行ってみようと言いだしたので、ブールシートを何枚かクルマに積み、神戸に向かい出発をしました。赤穂から混み始め、神戸に向かう車の大渋滞で、その日は加古川迄行くのが精いっぱいでした。その夜も、余震が度々起き不安な夜を過ごしました。

  地震3  

 翌日、明石に入った時は被災現場を眼のあたりにしてびっくりしました。道路には亀裂が入り、塀は倒れ、どの建物にもひびが入り、瓦屋根は落ちていました。
まさにそこは、テレビで見た事でしかない戦場の光景そのままでした。人々の顔も、私が今迄見た事が無い暗い形相をしていました。

   

  

物見遊山のような気持ちで来た私たちは、光景を目のあたりにして人間として今何をするべきか?を良心に問わされました。屋根の瓦が落ちている家に商売抜きで、雨が降っても大丈夫なように、ブルーシートをかけてあげました。あっという間にシートはなくなり、すぐに岡山にトンボ帰し、ある限りシートを買い再び神戸の街の屋根にシート掛け続けました。 


    

本当に、心から少しでもお役に立てればという気持ちで行った好意です。神戸の家々は坂の上に立っており、屋根の上にあがると2階建ては3階建てのような感じです。崩れた屋根瓦の上にシートをかけていると、シートなり浜風で吹き飛ばされそうになったり、ドォ〜ンという大きな余震も数知れず来ました。本当にその時は死に物狂いで、朝から夜遅くまで働きました。

 

そうこうしているうちに、岡山のお客様から電話が入り、神戸の親戚の家の屋根を直して欲しい。また思わぬことにシートを掛けたお宅の人たちからも、お宅で屋根を直して欲しいとの数多くの電話を頂きました。一度に団地の人全員に、屋根の商品説明をしたこともあります。紹介が紹介を生んで、有り難いことに約半年間で60件のお宅の瓦屋根を葺き替えさせて頂きました。

  

今迄、神戸とはまったく縁がなかったのですが、今回の震災で一緒に家を復興することを手伝わさせて頂くうちに、住まわれている人と熱いきづなも出来きました。残念なことに、亡くなった話は数知れず、昨日迄、あんなに元気だった奥さんが突然ショック死をしたり、つらい思いもしました。心が受ける傷の大きさも知りました。
この震災を経験したことにより、住まわれている人の思いがいっぱい詰まった家を守る仕事が、私の一生に仕事だと心から確信しました。